
2010/09/07 - 2010/09/16
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りゅーちんさん
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ブログを移転し、こちら↓に日記の改訂版ございますので、
ぜひご覧ください。
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トルコ編です。
この旅をギリシャから始めたのは、
アジアからヨーロッパに入るのではなく、
ヨーロッパからアジアに入るとアジア人はどういった印象を受けるのか試したかった。
故郷の原風景のような絵をそこに見るのか、
それともまだまだ異国の感は拭えないか、
大きくアジアという名前で呼ばれるからにはそれなりの理由があるのだろうか、
その前にトルコはアジアなのだろうか、
いくつもの疑問が、旅に出る前に、
そしてブカレストからの寝台列車の中でも去来した。
大きなテーマを抱えて旅をするのは非常に難しい。
「若者らしく感受性豊かに、
色んなことにいちいち感動しよう。」
こんなテーマでもいい。
あまり難しく考えないということもあるいは大切なのかもしれない。
トルコは噂どおり、親日国家だった。
見るべきものも多く、移動もしやすいので、
日本人にとっても観光しやすいと思う。
国全体では、厳格なイスラム教国家ではないので、
あまり不便は感じなかったし、1日5,6回スピーカーから流れるアザーンも、むしろ心地よく受けとめられた。
トルコでの目標は、
世界遺産、サイクリング、世界三大料理の理由を探るでした。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 自転車 タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エティハド航空
-
寝台列車。
ブカレストからブルガリアに入り、
ヴェリコタルノヴォを通り、
21:20 スタラザゴラ。
本には名前が載っているだけで紹介はされていないが、
一瞬ソフィアに戻ってきたのかと思うほど発展していた。
ここでブルガリア人女性3人組がコンパートメントに入ってきてがやがや喋りだす。
次に止まったディミトロフグラッドで降りていったが、
ここの停車時間がまた長い。
接続の問題だかなんだかで、1時間くらい停車。
駅には特に何もなく、構内にある小さい小屋ではTVで連ドラみたいなのをみながら、おじさん2人が一杯やっていた。
駅の外は何もなく、
というか木が生い茂りすぎて何も見えない。
圧倒的に暗く、オレンジの外灯が構内をポツポツと照らすだけである。
しかしそれでも電車は走り出し、
ふと目覚めると、車窓の流れが遅くなっているのに気付く。
まだ外は暗い。
景色を見ると、長いフェンスがゆっくり流れている。
しばらくして電車は止まり、パスポートチェックだ。
ここはトルコのKAPIKULEという場所。
降りてみると、イミグレに行列が出来ていた。
並んでいると、どこかから関西弁が聞こえてくる。
前のほうに2人の学生風情の男二人がいた。
こんな時間のこんな場所に日本人もいるもんだなと思い、挨拶だけ交わした。
自分の番になり、パスポートを渡すと、
「Oh〜 Japan! Very nice!」と言われ、
すぐにスタンプを押され返してもらう。
そこにアメリカ人やらイギリス人やらが溜まっていたが、
どうやら彼らはビザ代をとられたらしく、
ファックばかり言っていた。
つくづく先人の努力の恩恵を受けているなと実感した。
みんなこの際と、駅併設の免税店でタバコを買い込んでその場でプカプカしている。
客席に戻ると、背の高いセルビア人二人組が入ってくる。
彼らはイスタンブールにバスケのワールドカップを見に行くと言う。
そういやギリシャ(サッカーと共にバスケも強い)でもサッカーとバスケがTVでやっていたが、あれはワールドカップだったのか。
彼らと一緒に就寝する。
電車の汽笛で目覚めさせられると、
久々だ。海が見える。 テッサロニキ以来か。
朝日に輝くマルマラ海。
両側の客室も、欧米の若者ばかりで、みんな疲れで憔悴していた。
電車はアガサクリスティのオリエント急行で有名な、ヨーロッパの終着駅、スィルケジ駅に到着。10:20。
ここから歩いて、安宿のあるスルタン・アフメット地区に行く。
イスタンブールは今まで訪れた場所で1番の世界的観光地らしく、
観光客ですでにあふれていた。
バスケ効果もおそらく寄与しているのだろう。
少しだけトルコリラに両替し、イスタンブールホステルに泊まる。
ドミ20リラ。(約1200円) -
宿でこれからチェックアウトする日本人にあった。
この人はこれからイエメンに行くらしく、少しおびえていると自分で言っていた。
グランドバザール近くの日本人宿、Tree of lifeが有名宿だということを教えてもらう。
歩き方にも地図には載っているが、紹介は少し前になくなったらしい。
この人も関西弁だったのだが、海外で出会う日本人の多くが関西弁だと思うのは俺だけだろうか。
俺もその一端を担っているので人のことを言えないが、標準語よりもよく聞く気がする。
トプカプ宮殿は高いから入らなかったが、入り口まで行ったら、
むちゃくちゃ背の高い中国人二人組が入って行った。
本当に大きい。手に持つデジカメが異様に小さい。
おそらくバスケ選手、それももしかするとあのヤオ・ミンかもしれない。
ギリシャ並みに暑い日差しの中、グランドバザールへと歩く。 -
グランドバザールは、安く買い物が出来る場所ではなく、もはや観光地と化している。
見る分には楽しいが、あまり安く買えると思っては行かないほうがいいかもしれない。
「ヤクザヤクザ。」
「ばざーるでござーる。」(俺が幼稚園のころやっていたCMだ。)
「そんなの関係ねぇ。」
と、日本人用の客引き言葉が飛び交う。
中は迷路のようで、物によりセクションがある。
俺はわざと色んなところを見ようとわざと自分を迷わせた。 -
本当に迷ってしまい、絨毯屋の親父がチャイ屋から手招きしていたので休憩することに。
チャイを注文。 特徴的なひょうたん型のグラスに金属のコースター、スプーンに、その上に角砂糖2個というのが一般的。
これが何とも言えないある種の中毒性があり、何杯もいってしまう。
トルコとチャイは(観光客にとっても)切っても切り離せないもので、
1日10杯近く飲む人もいるそう。
俺も1日5杯前後飲んでしまっていた。
たまにエルマチャユ(あったかいりんごジュース)も飲んだが、やはりチャイに落ち着いてしまう。
インドでもそうだったが、アジアはチャイに包まれている。 -
再びイスタンブールに戻ってくるので、買い物はそのときにすることにする。
-
グランドバザール裏の古書街。
あまり見るべきものはなかった。 -
エジプシャンバザール。
ツンとスパイスの匂いがする。 -
ドンドゥルマ(トルコアイス)を発見した。
店員さんのパフォーマンスが見ていて楽しい。
どうでもいい話だが、天川さんはソフィアからトランジットでイスタンに一泊し、
そのときにアイスを食べたが、ぼられたという。
ここまでくると、ぼられるための何か技術を持っていると疑ってもいいかもしれない。 -
ドンドゥルマ。4リラ。
トルコ人に聞くと、この日はラマダーン最終日らしく、明日からシェケル・バイラム(砂糖祭り)という祝日が3日間ほどあるらしく、
国内は大混雑になるらしい。
これはまずいことになりそうだ。 -
-
ガラタ橋。
本当に釣りをしている人がたくさんいた。
開高健もしたんだろうか。 -
ガラタ橋下の様子。
ここの名物といえばサバサンド。
その名の通りサバをトルコのパン、エキメッキで挟んだもの。
イエメンに行くといって別れた日本人が、
「サバサンドは4リラ5リラがあるが、3リラを目指せ。」
と助言をくれたので探してみると、3があった。 -
サバサンドとチャイで4リラ。
レモンを自分で絞って食べる。
マイナス要素がなく、おいしい。
エキメッキが手に入れば、日本でも簡単に作れそうだ。
それにしてもチャイは何にでも合う。 -
地下宮殿。
分かりにくいところにある。 -
地下宮殿はひんやりして気持ちいい。
溜まっている水には魚が泳いでいた。 -
ビザンツ建築の最高傑作、アヤソフィア。
中は広く、フラッシュは禁止だと散々看板に書いてあるのに、
日本人(あるいは中国人か韓国人か)の団体が、『赤信号 みんなで渡れば 怖くない』の理論で、おかまいなしに撮っていた。
それでも日本人の評価が高いのが情けなくなった。
名誉に伴わない現実。
年配者だから許されると思うなよ、
そう思いながらフラッシュOFFで写真を撮った。 -
-
モスク入り口にある清め場。
トルコのモスクには大体あった。 -
トルコ版コーラ。 Cola Turka
道に観光バスがぞくぞくと止まり、ぞろぞろと団体客が降りてくる。
ラマダーン最終日なので、トルコ人も多い。
アヤソフィアとブルーモスク(スルタンアフメットジャーミィ)の間にあるシートで佇んでいると、
トルコ人がとりかわりタバコやチャイを勧めてくる。
最初は断っていたが、面倒なので受け入れることにした。
向こうの考え方としては、男ならタバコを誰でも吸うし、ある種コミュニケーションツールのひとつと捉えているようだ。
大体マルボロだったが、話していると、
「この辺の観光地の食べ物やお土産は新市街のタクスィムと比べるとダブルプライスだ。」
「今日は最後のラマダーンだ。タクシーにも乗せてやるからタクスィムで飲もうぜ。」
この2点を全員が強調する。
歩き方にはタクスィムでのぼったくりトラブル集がいくつか綴ってあったので、
内心話を聞きながら「まさにこれだ。」と笑っていたが、
向こうはやっきになっていた。
もちろんまじめに誘ってくれている人もいるのだろうが、
ここは遠慮したほうが無難だ。 -
トルコの歌手か何かだろうか。
ブルーモスクをバックに歌い、テレビ局のクレーンカメラまで来ている。
よく分からないが、夕涼みがてらチャイを飲みながら鑑賞。 -
食べなかったが、水あめの色彩が楽しい。
-
ブルーモスクの中。
日々訪れる人々の多さを示すように、
絨毯が湿り気を帯びて少しかび臭かった。
室内には柵があり、その奥では敬虔な信者が熱心に祈っていた。
俺は全然信者ではないが、中にいると心が静まり、目を閉じると寝てしまいそうになる。
毎日ひたすら歩き、疲れが溜まっていたのだろう。 -
エキメッキとチャイで晩飯を済ませ、
宿に戻ると、自分の2段ベッドの上に日本人女性がいたので海外特有の日本人の挨拶を交わす。
彼女はマリさん。
ウズベキ→トルコ→シリア→イスラエルの旅の途中だという。
マリさんはインドに1年間留学していて、
英語もうまいし、多くのハプニングにもおそらく慣れているだろう。
宿のスタッフがくれたスイカを食べながら、中庭でしばらく話をした。
マリさんもパムッカレ、カッパドキアに行くらしく、
一緒に行くことに。
明日バスでパムッカレへ。 -
マリさんとエセンレルオトガルまでパムッカレ行きのチケットを買いに行った。
帰りにヴァレンス水道橋に立ち寄る。
水道橋のアーチが今の車よりも小さければ、この橋は壊されていたのだろうか。
車が丁度いい具合に通っている。
この場所から、グランドバザールまで歩いてみた。
生憎今日はシェケルバイラム初日で、グランドバザールはおろか、多くのお店は休みで、
歩いて帰ろうとしたところ、
「りゅうちゃ〜ん。」
誰かが俺の名を呼んでいる・・
・・日本語?
振り返ると、何とブルガリアのソフィアで会ったあのたっちゃんだった!
彼があの後トルコに行くことは知っていたが、
時期は知らず、まさかこんなグランドバザール裏の狭い路地で会うとは。。
昨夜マリさんと話していて、今東京に住んでいる場所がすごく近くて、
世界は狭いなと思ったばかりだったが、
この日も世界は狭いなと思わずにはいられなかった。 -
例えば、意図してこの国でたっちゃんと会う確率と、
たっちゃんとどこかの国で会う確率とはまた違う。
いくらかさらにムサくるしい格好になったたっちゃんだが、
あの後OGさんとたっちゃんはルーマニアのブラン城にも行き、
道中、「何であんな年下の子と晩飯を割り勘したんだ?」と話をしていたらしく、
もし万が一会う場合はご馳走してやろうというありがたい決定が下されていた。
ってことで昼飯をご馳走してもらった。
彼はこの日にドバイ経由で帰るらしく、
「じゃあ僕ドバイの歩き方持ってるんで、宿から持ってきますよ。」と言って宿に行くと、
何とたっちゃんと同じ宿だった。 しかも同じドミトリーの大部屋。
これにはどちらも大爆笑した。
どうも会うべくして会ったらしい。
暑かったので、トルコ名物ハマムに行く。
本には高い場所ばかり載っていたが、コジャムスタファパシャハマムという遠い場所まで行くことに。 -
トラムの駅、アクサライからハマムまで歩いて行ったのが失敗で、
1時間ほどさまよってようやく発見。
どちらもくたくただったが、観光地から離れているので、人は少ないし、飲み物は安かったのでよかった。 -
ハマムの中。
マッサージやらスペシャルマッサージやらいくつかオプションがあったが、
ケチって13リラの安いのにすることに。
たくさんある個室の更衣室の一つを使い、腰に赤いバスタオルを巻いてムシムシする大理石の部屋へ。
俺ら以外に誰も客はおらず、
やがて入ってきた垢すり親父に体を泡まみれにされ、予想以上に軽く垢すりをされ終了。
こんなもんか。
そう思いながら個室に戻って着替え、
風呂上りのコーヒー牛乳ならぬ、炭酸ジュースを飲んでいると、
がらがらを引きながら入ってくる1人の日本人女性。名前はワカちゃん。
こんなものめずらしいとこに来る日本人は案外いるものだ。
今日は祝日で女のケセジ(垢すり)さんはいないらしく、
ワカちゃんは落胆していた。
一緒に国鉄でスィルケジ駅に行き、
駅前のマックでお茶。
ワカちゃんはこれからカッパドキアに行くらしい。
何はともあれ、
この3人の別れは近づいてきた。
ワカちゃんと別れ、宿でたっちゃんと別れる。
こうなってくると、別れようが別れまいが、決して会えなくなるという気はしなくなってきてしまった。
今日は行動しまくったというマリさんと再び合流し、
エセンレルオトガルまで行く。
途中の車窓でIKEAを見たのが懐かしい。 -
トルコのバス。
トルコはバス天国で、バス会社が非常に多い。
全国区のMETRO(名前が地下鉄のようで最初はややこしい)はそういやソフィアのバス停でもロゴを見たなぁ。
今回はパムッカレ社を利用。
車種は多くの場合ベンツの大型バスで、車内はこれまた飛行機顔負けの各座席TV付き。
しかも走行中世話係が一人一人にコロンヤ(香水+アルコール消毒のようなもの)をふるまい、
ネスカフェやチャイ、軽い軽食も付く。
日本の夜行バスよりも快適とはまいった。 -
パムッカレ行き途中で降りたどこかのサービスエリア。
俺はこう見えても日本でもサービスエリア、パーキングエリアマニアでもあるので、
当然止まったからには中を物色。
お土産もあるし、レストランもあるし、トイレもある。
普通のサービスエリアといった感じ。
ただ何時出発か分からないので、迂闊にご飯が食べられない。
バスも結構止まっており、
そのバスを丹念に水とモップで洗う人、
なかば強制的に車体を洗ってその御代を頂いていた。
車を勝手にぴかぴかにされて怒る人もなかなかいないと思うので、うまい商売だなと思った。
外は真夜中で寒いのでバスに戻った。 -
あれは何時ごろだろう。
乗客が寝静まったころ、
おそらくドライバーと俺しか起きてないのではないかと思われたころ、
ふと窓から空を眺めてみると、
バスの中からでも分かるほどの星空。
日本の5等星が4等星に、1等星が0等星ぐらいに見えた。
周りが荒れた高原のようで、
バスの小型TVからEric ClaptonのTears in heavenや、Brenda LeeのAll alone am Iを聞きながら空を眺めていると、
やがて自分の目の視点が、宇宙から俯瞰した映像に切り替わり、
トルコの広い国土を真夜中に移動する一つの点である俺を追った映像に切り替わる。
なぜこんな場所にいるのだろう。
逆になぜこんな場所にいたら駄目なのだろう。
幾つもの自分が一つの頭の中で議論をする中、
再びまぶたを閉じてみた。 -
約10時間で、パムッカレへの拠点となるデニズリに到着。
あまりに快適すぎて、欲を言えばもっと乗っていたかったが、
先に今日の夜中向かう(極めて強行軍だ。)カッパドキア行きのチケットを買い、
大きい荷物を預け、
ドルムシュという小さい乗り合いバスで向かう。
パムッカレは小さい村で、ところどころに日本語、韓国語が目立つ。 -
20リラは高かった。
日が昇るにつれて気温は上昇し、
またパムッカレは地面が真っ白で、スキー場のように照り返しが強く、
冗談じゃなく暑い。 -
朝早く来ると観光客はまだそれほどいない。
日中はうんざりするほどいた。 -
-
目の前の欧米人のように、パンツ1丁になる。
石灰の真っ白いドロが肌にいいらしい。 -
-
以前はここに行けたらしいが、
湯量が少なくなり、
汚くなってきたので行けなかった。 -
パムッカレの裏には遺跡、ヒエラポリスがある。
ギリシャのデルフィとどことなく似ていたが、
異彩を放った遺跡温泉があった。 -
バスまで時間があるので、
わいわい聞こえていたところに入ってみると、
昼間から親父たちがオケイと呼ばれる麻雀のようなものや、トランプをやって一喜一憂していた。
チャイとエルマチャユで一息。 -
再びドルムシュでデニズリに行き、
マリさんを待ちつつ、敷地内のショッピングモールを見て周る。
スーパーでトルコのスープチョルバスのクノールやお菓子などを購入。
どこの国でもスーパーのほうがキオスクより安い。
外のベンチに座って、トルコ人としばらく話をした。
彼はアメリカで働いているらしく、シェケルバイラムでトルコに帰ってきているらしい。 名前はヌーマン。
マリさんとも合流し、バスまでの間、エキメッキとチャイをご馳走になった。 テシェッキュレデリム(ありがとう)。
食べきることの出来なかったエキメッキを持ち帰り、
弾丸でカッパドキアへ。 -
またもや素晴らしく快適なバスで爆睡し、
ネブシェヒルに到着。
ここからセルヴィスという無料タクシーでギョレメというカッパドキア観光拠点へ。
景色が段々とスターウォーズの砂漠のようになってくる。
奇妙な岩がにょきにょきと生えていて、その中をくりぬいて人が生活している。
人が想像することは必ず人が実現できる、とジュールヴェルヌは言ったが、
たしかにその通りのように思われる景色だ。
気球がいっぱい飛んでいて美しい。 -
ここでマリさんとはお別れ。
俺よりもたくましいのが悔しい。 -
全ての洞窟住居がオンリーワンで、
その全てに見入ってしまう。
トラベラーズケイブペンションを宿にする。 ドミ14リラ。
ここは日本人が多く、初めて本格的な情報ノートを見た。
オーナーもいい意味で日本人慣れしている。 -
ファミリーマートがあった。
が、中はファミリーマートではなく、しかもこの時間でも空いていなかった。 -
デリンクユの地下都市に行った。
カイマクルのほうが近くて有名だったが、こっちのほうが規模がでかかったのでこっちにした。
カッパドキアは見所が広範囲に点在しているため、
周遊ツアーなどもあったが、
あくまで安く、自由に、自分の好きな場所に好きなだけ時間をかけようと、
ドルムシュを乗り換えながら行った。
バスで出会ったシアトル出身のカップル(イチローを絶賛していた)と話しながらデリンクユで降り、
チケットを買うと、彼らは不敵に財布から意味深なカードを受付に提示し、
何と半額でチケットを買っていた。
「それどこで手に入れた?」
「イスタンブールにある観光局のオフィスのような場所でしかるべき書類を書いて作成したんだ。」と言っていた。
これを提示すると国内の美術館や遺跡などが半額になるらしい。
ここの受付にも『50〜〜』というそれらしきポスターまで貼ってあった。
トルコに来て学割も使えなかったのでそれは羨ましかった。
地下都市は、思ったよりも広いんだろうなぁと想像していたが、
そうやって思ったよりも更に広かった。
ルーマニアのブラン城よりも通路は広く、
伊賀の忍者屋敷よりも出るのが困難だった。
教会として使った十字の部屋や、キッチン、外に空気を逃がす煙突、
そして敵の進入に備え、通路を防ぐための大きな丸い岩。
このあたりの地域の人々は掘ることに関しては世界でも屈指なのではないだろうか。 -
地下都市を出て、お土産屋の前にあるレストランのパンケーキ。5リラ。
この何の変哲もない林檎もおいしかった。 -
帰りのバスに乗ると、シェケルバイラムのためか、タダで乗ることが出来た。
途中、ウチヒサルという町の上にそびえるラクダのような巨岩が目に入った。
これを撮りたいがためにバスを降り、歩いてギョレメまで帰るが、これがメチャメチャ遠い。
健脚であることをおすすめする。 -
ギョレメパノラマ。
この景色と初めて対峙するとき、
見入らない人はいないだろう。
時にこの景色を見るために、一生をここに費やす人もいるだろう。
それほどこの景色は人々を魅了する。 -
光の当たり具合、
空気の霞み具合、
そのときの自分の気持ちによる、
またとない風景。 -
-
-
POTTERY KEBAPセット 15リラ。
この壺ケバブは元は別の地域の名物だったが、
いつのまにかカッパドキア名物になったらしい。
店員さんが形式的に壺をその場で割ってくれる。 -
宿にいる人懐こい猫。
この旅で出会った猫は非常に人懐こい猫ばかりで、
ここの猫はその中でも人懐こかった。
気付くとしっぽを手に当ててきたり、
椅子の下にいたり。
トルコ人は猫を呼ぶときに「プスプスプス・・」と言って呼んでいた。
すると不思議なことに寄ってくるのだが、
猫が邪魔なときも「プスプスプス・・」と言っていたので、
実際のところよく分からない。
この宿に、筋肉モリモリでちょうど芸人のCOWCOWの派手なほうにそっくりな人が泊まっており、
その人はサーフボードを持参して世界を旅していた。
スリランカでもサーフィンをしたが、観光地が軒並み高額で辟易したと言っていた。
仕事上英語を使っていたらしく、流暢な英語を話していた。
どこか旅人が帯びている様相を帯びていない旅人で、話していて楽しかった。 -
外で久々に野犬に追いかけられた。
タイのアユタヤ以来だ。 -
洞窟部屋。
昼間でも電気をつけないと真っ暗だが、
夏でもひんやりしてすごしやすい。 -
朝、オーナーのすすめで、
宿の上にある道を登ってビューポイントに行った。
野犬1匹と一緒に景色を見ながらボーッとした。 -
世界一周してそうな日本人カップル(初めての日本人カップルだ!)に撮ってもらった。
またもや関西弁だったが、意識のしすぎだろうか。 -
宿の猫は実はつい最近出産したらしく、
さらにかわいらしい猫が次期アイドルの座を虎視眈々と狙っていた。 -
この日は観光の団体客がこの宿に来るというので、
ある程度の静けさを確保するため、シューストリングという宿に鞍替え。
ドミ15リラ。
さっきの宿のオーナーのいとこがシューストリングの上のほうでホテルを経営しており、
そこにワンというトルコの地域原産の猫、ワンキャットを1匹飼っているというので、
この旅で猫好きになりかかっていた俺は見に行くことに。
この猫は、毛は真っ白、耳はほんのりピンク、
目は金と青の互い違いという稀有な外見、さらに泳ぐことが出来るという、
トルコでも珍しい猫なのである。
さっそく見に行った。
たしかに噂に聞くような見た目で目も互い違いだったが、
お昼寝タイムのため、相手をしてくれなかった。 -
トラベラーズに戻り、
同じ部屋に泊まった同い年の日本人と話す。
その人は俺以上に猫好きで、どうもウチヒサルに向かう道路(昨日歩いた道だ。)脇のお店はワンキャットを5匹買ってるらしく、
一緒に見に行くことに。
その前にランチ。
宿と宿の間にひっそりある、
いかにも穴場なレストランでメネメンという不思議なものをすすめられて食べる。
見た目は適当に材料をこねて作ったような感じだが、うまかった。
チャイもサービスしてもらった。 計5リラ。
彼は初の一人旅で、大学を休学して半年間、
中国からここまで旅をしてきたという。
初めてで大胆な旅をするもんだなと感心した。
とにかくイランが楽しかったと言い、
おもてなしが半端じゃないらしい。
飽きるほどモスクも見たが、
イスファハーンはやはり凄かったらしい。
そんな尽きるともない旅人の会話をしながら歩いて目的地に行く。
この青い目玉はナザール・ボンジュと呼ばれる、地中海沿岸で売られているお守り。
ギリシャでも見たし、
ブルガリアのリラでも売っていた。 -
「ここ?」
普通のロードサイドの土産屋だったが、
本当に5匹いた。
「どんどん見てってくれ。」とオーナーも言い、
しばらく遊んでいた。 -
コイツの目をじっと見ていると、
どこか引き込まれるものがある。
ときに凛々しく、
ときに愛らしい。 -
これがそのメネメン。
これもこの地域の名物らしい。
猫と戯れた(もしくは猫に戯れられた)後、
ギョレメに戻るためにヒッチハイクを試みた。
彼(そういえば名前を聞きそびれた)はイランでヒッチハイクをしたときは、
30%の確率で乗せてくれたと豪語していたので、
悪くて10台に1台くらいは止まってくれるかと思ったが、
全然駄目だった。
しかたなく歩いてトラベラーズに戻り、
別の日本人と3人でトランプをした。
その人がイスラエル発祥のヤニというゲームを教えてくれ、
これが意外に盛り上がった。 -
そろそろトラベラーズにも別れを告げ、
猫友達とトランプ友達にも挨拶をし、
5時過ぎに一人で自転車を借りて少し遠出をしてみることに。
3時間 10リラ。
最初は快適な荒野を、
颯爽とイージューライダーでも口ずさみながら気持ちよく走っていた。
ギョレメ→ゼルヴェ→ローズバレー→ユルギャップ→ギョレメというふうに戻ってこようと思ったが、
これを3時間で行くというのがなかなかの無謀で、
自転車の人とほとんど出会わなかったのがうなずける。 -
途中で見つけたゴジラ岩。
-
パジャパー地区。
ここはバスも頻繁に立ち寄り、土産屋もある。
バスの観光客のような自然の笑顔を作れない自分がいた。
早く時間までに戻らないと日が暮れてしまう。 -
荒涼とした大地を、アップダウンにもろにうちのめされてひた走った。
時折はっとさせられるほどの景色を見るたび、
止まって写真を撮る。
水をもう少し買っておくべきだったと後悔した。 -
ゼルヴェ峡谷。 8リラ。
壁画や洞窟が残されていた。
ひたすら奥へと続いていたが、
のどが渇いたため先を急ぐ。
まだまだ道は長いのだ。 -
しばらく登り坂を走る。走る。
すると、バスが停車しているのが見えた。
そこにはウチヒサルの巨岩よりもラクダに見える岩を発見。
ここのお土産屋で水を買おうとするが、
この暑いときに便乗値上げをしているので、こっちも意地で買うのをやめてしまった。
ゼルヴェで食べたアイスキャンデーが更に喉を渇かせている。 -
日が傾くに従い、
風向きが変わるに従い、
俺の脚に乳酸が溜まっていくのが感じられた。
やっとのことでユルギャップに着き、
何をするでもなく通過する。
覚えている限りではこのユルギャップからローズバレーへと向かう坂道が一番きつかった。
どれだけギアを軽くしても進んでいる気がせず、
手押しで進んでもしんどかった。
やがて坂を登りきり、
近くにあった日本語を勉強中というおじさんのお土産屋で、
コカコーラとカッパドキアのアカスリ石を買った。
このコーラが兎に角体にしみた。
炭酸飲料には人それぞれ賛否両論あると思うが、
世の中に炭酸はあっても良いと俺は思う。 -
夕日が沈んだローズバレーに着いた。
当然車もいないし、街灯もないので真っ暗。 本来ならお金を取られるであろう場所も素通り。
しかし見るべきものは何もなかった。
正確に言うと見えなかったので、
迅速に方向転換してゴールを目指す。
石畳の下り坂にずっこけそうになりながらも、
どうにか到着し、自転車を返却。
ギョレメに着いた途端、パンクをしていたことに気付いたが、
アレだけ走れば無理もない。
再び壺ケバブセット。 17リラ。 -
適当にお土産も見繕い、ホテルシューストリングに戻る。
中庭が適度な照明で落ち着く。
オーナーとバスケワールドカップ、アメリカ対トルコを観戦しながら談笑する。
そんななか、もう一人の宿のオーナーが日本人の女の子とほろ酔いで帰ってきた。
よく見ると、その女性はあのイスタンブールのハマムで会ったワカちゃんだった。
「あぁ〜!」
「あぁぁ〜!!」
全く、旅先で初めて会って話した人とよく会う旅だ。
結論じみたことを言うと、
たとえ広い国土でさえ、観光客の訪れる場所はある程度かたまっているらしかった。
中庭でワカちゃんと話す。
ワカちゃんはカッパドキアに来たものの、
例の祝日で足止めを食らい、行く予定だったパムッカレもやめたらしい。
その代わりイスタンからイズミルという場所に行き、
そこからここに来たという。
極めて順調に、何なら快適にトルコを旅してきた俺には心当たりがなかった。
バスでも2席占領して座れたし。
人にはそれぞれのストーリーがある。 -
少々話し込んでしまった。
明日は朝早くにサフランボルへ出発だ。 -
バスでサフランボルへ。
途中塩湖を通るも、長旅の疲れか、半分寝ながらしか見れなかった。
止まったサービスエリアでエキメッキを買う。
そこで見つけたお茶目な時計。 -
首都アンカラを経由する。
さすがにオトガルも大きかった。
そこからそれほど時間もかからずに、サフランボルに到着。
当初は来る予定はなかったが、名前の響きに誘われた。
実際来てみると、美しい田舎町といった印象を受ける。
ヨーロッパの整然とした街並みでもないし、
アジアの混沌とした街並みでもない。
トルコらしいといえばトルコらしい。 -
エフェゲストハウスという、
カッパドキアの情報ノートで絶賛されていた宿を訪れる。
ヤスミンさんという女性オーナーに出迎えられる。
この人は学生時代に日本語を学んでいたらしく、
流暢な日本語でおしゃべりをした。
学生のころ日本を訪れたとき、
東京駅で迷ってしまい(大半の日本人も迷うから心配いらない。)、初日は1万円ちょっとの宿に泊まってしまい、面食らったと言っていた。
日本人の友人に日本の歌も教えてもらい、
急に俺の目の前で、
「駐車場の猫はあくびをしながら〜・・」と、
ゆずの夏色をフルで歌ってくれた。
友人もなかなかいい歌を教えたもんだ。
夫と子どもと日本に旅行するのが夢なのだが、
今は二人目の赤ちゃんの世話で手一杯だった。
赤ちゃんはすやすや眠っており、その部屋でひそひそと喋った。
「以前はこの宿は日本人宿だったが、最近は日本人は少なくなり、韓国人が多数を占めてきている。なぜ少なくなってきてるの?」 と尋ねられた。
俺も予備知識で、深夜特急などの紀行文学が流行ったころや、
猿岩石のヒッチハイクが流行ったころはそれに憧れを持った旅人が多かったというが、
やはり日本人旅人は海外から見ても目減りしているのかと思った。
「韓国人がたくさん来てくれるのはありがたいんだけど、彼らは朝でも廊下をドタドタ歩くし、うるさいし、少し迷惑してる。日本人はいつでも気を使って歩くし、静かで優しい。どっちかというと日本人に多く来てほしい。」
それが真実であれお世辞であれ嬉しかった。 -
町を散策する。
こじんまりした町で、
いりくんだ通りを野良猫と一緒に進んでいった。
サフランボルは職人の町として発展し、
ブルガリアのヴェリコタルノヴォと相通ずるものがあった。
果物屋で洋ナシを買い、歩きながら齧る。 -
カイマカムラルエヴィ。
この土地特有の家屋。 -
あの木が気になる。
『猟奇的な彼女』でこんなシーンあったな。 -
サフランボル名物、クユケバブ。18リラ。
パンにつける蜂蜜が蜂の巣入りで、非常に美味だった。 -
宿の朝食。 朝は冷える。
トルコの朝食は大体どこでもこんな感じだった。
オリーブは初めなかなか食べ切れなかったが、
このころはもう慣れていた。 漬物みたいな感覚だと思う。 -
トルコのパスターネ(お菓子屋)。
サフランボルはロクムというやたらと歯にくっつくお菓子をよく売っている。 -
カイマカムラルエヴィにて。
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リビングの普通の押入れみたいな所に風呂があった。
土地事情の厳しい東京に取り入れてみても良いかもしれない。 -
この旅は猫に始まり、猫に終わるといっても過言ではない。
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色とりどりのフルーツ。
また洋ナシを買ってしまった。 -
エキメッキ屋。
大きいものはあまりに大きすぎて買う気になれない。 -
革製品の職人さん。
よーく見ると地球の歩き方にも乗っていた。 -
自然な笑顔が可愛かったのだが、
カメラを向けるとかしこまった顔に。 -
サフランボル名物、ビュクメ。
中にほうれん草が入っており、少食の俺がなぜかペロッといけてしまった。 -
フルンスュトラッチという焼きプディング。
出されたときに、表面に少しカビがあったので、手で取って食べた。 -
またメネメン。
作り方も教えてもらった。 -
宿裏にあった不思議な岩の壁。
-
地元の子どもたち。
チャルシュ広場で人間観察をしていると、
同い年ぐらいのトルコ人二人に声をかけられ、話をした。
ferhatとsafa。いとこ同士で、ferhatはここが地元で、
safaはやはり例の祝日で、イズミルから来たらしい。
タバコをおすそ分けしてもらい、三人で吸う。
「俺らの家に来ない? 夕食をご馳走するよ。」と言われ、
いざというときのための警戒心だけを持ってスタスタとついて行った。
カラビュックという場所の、山肌に張り付いた住宅街を登る。
歩いてはタバコを吸い、歩いてはタバコを吸う。
そうして(おそらく日本よりも)真っ暗な界隈に出ると、
そこに電気のついた大きな家。
中に招かれると、親戚含めての総勢24人以上(数えることが出来た人数)の大家族が歓迎してくれる。
「この子がこのおじさんの息子で、この女の子はあのおじさんの娘で・・」と説明してくれる。
当然覚えきれるわけはない。
しかし、その中でもひときわ異彩を放つ長老のようなおじいさん。
「He is Muslim Papa.」
最初は意味が分からなかったが、よくよく聞くと、
おじいさんはどうやらモスクで説法をする人らしく、
そう理解して改めて見ると、たしかにほりも深くて、
この人が言って聞かせた説教は効力がありそうだ。 -
この場にいる女性は席につかず、入り口付近で恥ずかしそうに、
しかし東洋人の顔立ちに興味があるのか、
みんなの視線を感じる。
こんな中でご飯を食べるのは初めてだ。
しかしこの食事、
お世辞なしにトルコで一番おいしかった。 -
おじさんとsafa。
最後にムスリムパパとトルコ式の挨拶を交わし、
バス停へと向かう。
連れて行ってやると言っていたferhatは突然バス会社の制服でリビングから現れた。
そう、彼はバス会社に勤めているのだった。
だからせかせかしていたのか。 -
バス停では、何か分からないが、
妙な宴が行われていた。
そしてイスタン行きのバスに乗り込むと、
驚いたことにferhatがバスの世話役だった。
何という偶然だろう。
コロンヤをふりかけてもらったとき、
どちらもニヤリと笑った。 -
結構寝たようだ。
気付くとイスタンのエセンレルオトガルに着いていた。
ここからセルヴィスで出来るだけスルタンアフメット地区に近づく。
途中で朝マック。 ダブルキョフテバーガーセット。10.1リラ。
冷静に考えると高い。 -
グランドバザールでシーシャ(水タバコ)を値切って購入。 25リラ。
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スィルケジ駅に程近い、リーズナブルな食堂、バルカン。
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新市街で食べたラフマジュン。2.5リラ。
食べ物の話ばかりだ。
『賢者は旅の話をし、愚者は食べ物の話をする。
ならば私は愚かな賢者といったところか。』
とはよく言ったものである。 -
新市街。
こちら側はおしゃれでハイセンスな印象を受ける。 -
最後の夜。
旅のほとんどが終わり、
サフランボルでついに罪と罰も読みきり(苦しかった)、
お金もそろそろ乏しくなってきている。
前回タクスィムにたびたび勧誘された、
いわくつきのブルーモスクとアヤソフィアの間にある席に、再び腰をかけ、
チャイ片手に今回の旅を自分なりに思い返してみる。
そもそもこの自由気ままな旅に成功も失敗もないのだが、
我ながらうまくやったほうだと思う。
トラブルはほぼなかったと言っていいし、(少なくともインドよりも)
限られた時間の中で、結構移動したほうだと思う。
自己満足の世界だが、この旅はこういうものとしてひとつ完結した作品というふうに解釈する。
色々な良かったことや、悪かったこと、
やめときゃよかったことや、やればよかったこと。
細かいのも数えりゃそんなのは絶対あるわけで、
しかしそれらを全部大風呂敷に包み、
一つの完成作品として自分の糧にしたいと思う。
ふと、自分の前で女性二人が、トルコ人にナンパされているのが目に入る。
タクスィムという言葉が聞こえる。
「またか。。」
そう思っているうちに男はあきらめ去っていった。 打率は低いらしい。
「タクスィムに行こうって誘われたんでしょ?」
俺が尋ねると、
「そう。 私たち予定があるから行けないって断ったけど。」
彼女たちはスペイン人の大学生。
一人がMarとか言ったっけな。
バレンシア出身らしく、お互いの国のことや、サッカーのこと、
なぜトルコに来たのかなどと話をする。
「バレンシアに来るなら、名物のすごく甘い飲み物があるから試してごらん。」
「わかった。そうするよ。」
「それじゃあ私たちはこれからパムッカレ行きのバスに乗らなきゃいけないからこの辺で。 Have a good trip!」
「you,too!!」
そう言って彼女たちはトラムのほうへと歩いていった。
何となく、その背中を約1週間前の自分と重ね合わせて見ていた。 -
アタテュルク空港にて。
この爆丸というアニメがトルコで流行っていた。
あの大家族の子どものTシャツもこれだった。
ドバイ編も少しだけ続く。
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